オーブリオン・フランスを救ったワイン
ワイン会の前にオーブリオンについての予習です。
会議は踊る
1814年ナポレオン敗戦後のフランスの処置を定める為に開かれたウィーン会議に臨んだのは、ナポレオンの外相を務めていたタレイラン。このタレイランが1801年からオーブリオンを所有。この時、彼のお抱えの料理人は、ヨーロッパ随一の名シェフ、ヨーロッパ王朝料理の神様と言われたアントナン・カレーム。タレイランは、オーブリオンとカレームの料理で、ウィーン会議に臨みました。オーストリアの鉄血宰相メッテルニヒ、ロシア皇帝アレクサンドル一世、イギリス全権大使カッスルリーなど、政界・外交界の大物名士ばかり二百人余り。昼夜を通じて華やかな外交合戦が繰り広げられましたが、なにぶんにも究極のグルメ達ばかり、夜会・晩餐会も美味満喫のお祭り騒ぎの連続となり、このウィーン会議は実に2年がかりになりました。タレイランは、料理をカレーム自身に作らせ、ワインはオーブリオンを振る舞い続けたのです。諸国の代表達は、こんな美味しいものを作るフランスを潰すことはないではないかと、次第に態度を軟化させていったとか。この様子を描いたのが「会議は踊る」で、この歳月が「会議は踊る、されど進まず」と風刺されました。
オーブリオンは、1855年の公式格付けにメドック以外で唯一選ばれていますが、その背景には「フランスを救ったワイン」への敬意が込められていたのか、あるいは各国要人に知れ渡った美酒という実績が物を言ったのでしょう。
おまけ情報
ウィーン会議での功績で、メッテルニッヒはラインガウのシュロス・ヨハニスベルグを贈られました。
2009年06月09日
Jean-Baptiste Besse その3
驚きの地下2階です。




こんな中からボトルを引き抜いては、戻しているのでラベルが破損しても仕方ない.....
この写真は初めて訪ねた1988年。この時の発見、購入したのがこちらのCh.ラトゥール 1963 で、購入直後にシャトーを訪問、持参したことによりリコルクとなりました。
ラトゥール1963も発見した当時は昨日アップの画像と同じような状態で、シャトーのスタッフの手によって化粧直しされたものです。
2009年06月09日
Jean-Baptiste Besse その2
店の奥には地下への入り口があり、自由に入って好きなものを探していらっしゃい、という感じ。
どこにも価格など書いてない。現物を持ってベッセ氏の所に持っていくと、段ボールの切れ端に価格を書いて教えてくれた(フランス語で言われてもわからない...)
地下への入り口は階段というより梯子に近い状態。こんな所へどうやって入れたのか不思議。
地下は踊り場の様なやや狭い地下1階部分と、さらに下った所の地下2階部分になっていた。
地下1階には比較的新しい(?)ワイン。

いずれもルイ・ラトゥールの1983 グランクリュばかり。
左上:コルトン・シャルルマーニュ 上中:モンラッシェ
左下:シュヴァリエ・モンラッシェ 下中:モンラッシェ
右下木箱:シャトー・コルトン・グランセー
信じられねーーー。って言うか、こんな所に自由に入っていいの?
2009年06月09日
Jean-Baptiste Besse その1
オーブリオン(ヴィンテージ不明)、1970 コス・デストゥーネルなどを購入したパリのワインショップ
パリの5区 パンテオン近くの路地にあった小さなワインショップ。

店の名は Jean-Baptise Besse
10年ほど前(もっと前かも?)にBesseさんが亡くなったと聞いた。あの店の在庫はどうなったのか気になっていた。これを書くにあたり、googleのストリートビューで調べてみたら、2枚目の画像の、やはりワインショップだった。住所は48, rue de la Montagne-Sainte-Genevieve,75005 Paris
右上の番地表示48、画像左側の雨どいなどからここで間違いない。
店は間口、奥行き共に3~4m(4坪程度)

ムッシュ ベッセ。
店の中は商品が山積み。いきなりムートン1924を発見。ムートンが今のように毎年有名画家にラベルデザインを依頼するようになったのは1945年の第2次世界大戦の勝利(日本にとっては敗戦)を記念したVマークから。 こんな物があるとは、ただものではない。しかし、本当にすごいのはこの店の地下。
2009年06月09日
オーブリオンのヴィンテージ
先日お知らせしたワイン会のメニューで、オーブリオン 1970とお伝えしましたが、私の勘違いでヴィンテージが異なっていました。



このワインは、1991年にパリで購入したワインです。
ラベルの右上にヴィンテージの表示があるのですが、破れていて19**しか判りません。

キャップシールを切って、コルクの刻印(画像の丸印)を見ると、やはり19は判る。次の数字は6の様だが、上の部分が真横の線にも見えて、5のような気もする。拡大画像はこちら。1の位もよく見えない...


キャップシール上部を開口してみたが、ここには刻印なし。
そんな訳で、「1970年より古い」とだけ訂正です。
では、なぜ1970年とお伝えしてしまったのか?


パリで一緒に購入した、コス・デストゥーネルが1970でした。この2つを混同していました。
これらのワインを購入した店については、後日紹介したいと思います。
2009年06月08日





















